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マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第5回 マデイラ諸島付近(2006年5月4日)
掲載月:2007年1月

マエル

(マエルの両親より)

3週間もの間、私たちは天気予報に気をつけていた。しかも、色んな天気予報を見て情報収集した。 出発の朝デコーダに受信した天気図には低気圧は見当たらず、嵐に合う危険などどこにも見当たらなかった。 ただ、何日かの間、北北東から恒風が吹くことが予測され、“フランス国際ラジオ放送”の予報も同じことを言っていた。 最後に残ったがらくたを船に詰め込み、ディンギー(小型ヨット)をデッキに結びつけて準備完了。 出発の前、私は2食分の食事を作り冷蔵庫に準備しておいた。予想に反して海が荒れたときに簡単に準備して食べられるものがあった方がいいから。

いかりを揚げ、帆を張ると、船は軽やかな風に乗って海峡を沖へと向かって進み出す。 潮目をゆっくりと流れる海流を捉えると、入り江の出口まであっという間だ。目の前に広がる海は穏やかで、様々な大きさの漁船が点在しているのも見える。 夫婦のうちどちらかが順番で舵の番をし、船の運航に問題がないか眼を配る。 (帆の具合、周りの船、魚を獲る網に在りかを示す夥しい数のブイ、そして船の進行方向などにも気を配る必要があるのだ。) もうひとりがマエルの遊び相手をし(戦艦ゲーム、トランプ、チェスなどなど)彼女の気をそらして、船酔いしないよう努めた。 その日の午後は昼寝をして、夜の船番に備えた。大体船の番は2,3時間ごとに交代をし、夜眠れない分、昼寝で補う。 十分な睡眠をとっておかないと、せっかく目的地に着いた時にはぐったり、などという情けないことになってしまうから。 しかも、今まで行ったことのない、なじみのない港に向かって航海するほど、エネルギーを費やすことはないのだ。 もちろん、マエルを途中で起こすことはなく、一晩中寝かせていた。 10歳になって親たちが昼間睡眠をとらなければいけないことをよく理解していて、ひとりで本を読んで過ごしていた。 航海中1日平均1冊のペース。船には約500冊もの本を積み込んでいた。断っておくが、本の重さは船にはかなりの負担だ。 それでも私たちは読書が大好きだし、あれほどの楽しみを自分たちから奪う必要などないはずだと判断した。 航海中に行き交ったほかの船の人たちとも交換したりして、私たちは常に“船内図書館”を読みたい本でいっぱいにしていた。

夕暮れが近づいたころ、南の方角に大きなうねりを見つけた。と同時に風向きも南西へと変わり、気圧計もどんどん下がり始めたのだ。 これは全く予報していなかった事態で、航海プランを立てたときにはもちろん考慮に入れていなかった。風は私たち目的地とは全く逆の方角に吹いているのだ。 そんな風の中、5日も6日も航海を続けるなどまっぴだ。風に逆らっての航海なんて、本当に嫌なものなのだから。 急速に風が強まり、波のうねりもみるみるうちに大きくなった。まずメインセイルを縮帆し、ゼノアジブ(競走・巡航用ヨットの大型の三角帆、 メインセイルと一部が重なる)を下ろして、代わりに小型の三角帆を張る。2時間後、安全装具を身につけ、再度メインセイルを縮帆、三角帆を下ろして、 荒天候用の帆を装備する。これがやってみると大変骨の折れる仕事だった。 雨風に打たれびしょ濡れになりながら、倒れないようにバランスを取りつつ重い帆を繰るのは至難の業だ。 二人でどうにか作業を終え、暖かいキャビンに戻ったときには、本当にほっとした。そこでは雨も降りこまない。

マエルが気分が悪いと言い出した。血糖値を測ると、260mg/dl。出航で興奮したせいだろうか?おそらくそうだろう。 出発まで彼女の体調は万全だった。船が大きく揺れている中では容易ではないのだが、ともかく尿検査もしてみた。 そんな状況だから、試験紙の変色部分がいつもより大きくても大きな問題ではないだろう。インスリン注射の前に船の揺れを極力抑えようと試みた。 マエルは海上では注射がふだんより痛いと言って怖がるのだ。片手で皮膚をつまみ上げ、もう片方の手で注射器を持って、 船の傾きを予想して注射の途中で針が外れないようにするのは、簡単ではない。 いつもは注射するときや、食事のテーブルにつくとき、私たちは船の揺れを最小限にするため、船の方向を変えていたのだが、嵐の中では無理だ。

いらいらしながらも、新しい天気図が送られてくるのを待つ。天気図を見れば現在の状況がはっきりとわかるし、この先2日間の予測もできる。 特に気圧計が下がり始めてから(決して良い兆候ではない)気が気ではなかった。1時間後、天気図を受信。悪い予感は的中していた。 モロッコ沖を急速に勢いを増しながら低気圧が進んでおり、もうひとつ、ポルトガル沖をやはり勢力を増しながら南下している低気圧もある。 ふたつの低気圧の間にはさまれるなどたまったものではない。取り返しのつかないことになる前に引き返すことにする。天気予報だって間違いはあるのだ。 ああ、気象学など全く当てにならないのだ! ブーツを履いて防水服の上から安全装置をつけてからデッキに出、船の向きを180度変え帆を直すと船の揺れは収まった。 強風もうねりも今は背後にあり、我々はおよそ8ノットの速さでオリヤオ(Olhao)港(ポルトガル)の方角に進み始めた。 ちょうど上げ潮で船は潮の流れに乗って簡単に港までたどり着けるだろう。引き潮に南からのうねりが重なると、 地元の漁師でさえ船の操縦に難儀するのだから、気をつけなければならない。

真っ先に眼に飛び込んできたのは、サンビセンテ(Sao Vicente)岬に堂々と立つ灯台の姿だった。 岸が近づいてくると、その他のものも水平線に少しずつその輪郭を現し始めた。計算どおり、港への潮の流れがもっとも強くなったとき到着できそうだ。 陸の匂いがする。まず土の匂い、それから松の香り、そして最後に低木地で色んな花が満開になった強い匂いが私たちを満たした。 入り江に近づくと、帆は揚げたまま念のためエンジンをかける。 潮の流れは強く波が高いので、湾の中から押し流されないようにしなければならなかった。 港に入ると、思わず安堵のため息が漏れた。停泊の場所を探す。驚いたことに、 私たちより2時間前にカナリア諸島に向けて一人で出航したフランス人ジャックスも同じように引き返してきていた。 もし、私たち夫婦二人の航海であれば、引き返すようなことはしなかっただろう。船に子供を乗せていると状況は全く違ってくるのだ。 子供のことを最優先に考える。航海は短く寄航は長くなるし、不愉快なことにならないよう、天気図と首っ引きで針路を決めなければならない。 厳しい状況の中での航海など子供にとっては全く面白くもないどころか、ただの苦痛である。しかも、風や高波で船が揺れるとマエルの検査や注射も難しくなるのだ。 彼女は普段自分で注射していたが、海が荒れたときなど、我々に注射を頼んだ。 しばしばそんな事態に巻き込まれることがあったにも関わらず、マエルはいつも陽気で、新しい冒険に挑戦し、新しい発見をすることを常に心待ちにしていた。

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