医療関係者の方へ

マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第11回 ダカール(2006年11月)
掲載月:2007年7月

セネガルの首都ダカール

(マエルの母より)

モーリタニアを去る10日前になって、マエルはひどい下痢を起こしてしまった。 手はしょっちゅう洗っていたし、水は0.2ミクロンのフィルターを通した後に薬品で消毒していたのを使っていた。それに、野菜も果物も生を食べない、と気をつけていたのにである。血糖値も下がってしまったので、インスリンの量を変えた。食欲もほとんどなし。どうにかもとに戻ったのは何日か経ってからだった。少しずついつもどおりの生活に戻り、セネガルの首都ダカールに向け出発した。ダカールまでは3日間の航海。海は大きくうねって、風はそれほどでもない。最悪の組み合わせだったが、船旅に慣れたのか、今ではひどく船酔いすることはなくなった。

いかにも天気が崩れそうな中、ダカールに着いた。次の日目を覚ますと、やはり空模様が怪しい。私たちは青っぽい灰色の入道雲がむくむく湧き上がるのを長い間眺めていた。見る分には美しいが、あまり良くない前兆だ。朝方2時、ドックで大変な騒ぎが起こっているのが聞こえてきた。湿気は耐えられないほどではあったが、さっきまで静かな夜だったのがうそのように、恐ろしいほどの雨風が吹きすさんでいる。それこそ、ゼブー(コブウシ)の角ももぎ取ってしまいそうな勢いだ。私たちの船の周りに繋がれていた地元の丸木舟(大きいのは長さが25メートル以上ある。)は、係留ロープが飛ばされてしまったのか、次々と波に流され、ぶつかり合っては、ものすごい音をたてていた。人々が色んな国の言葉で叫んでいるのも聞こえる。シーズン最後に近い竜巻が通り過ぎる中、緊張が走っているのが伝わってきた。この数日後、また嵐が来たが、最初に遭った嵐ほど風は強くはなかった。嵐の後には、ただ青空が広がっているだけ。雨季が終わったのだ。

ダカールは人口200万の大都市で、もともとはセネガルに古くから住んでいる沢山の民族のひとつ、ルブーシュ族が建てた街だ。この魅力的な街のシンボルは、巨大なバザールである。通りでは人も車も規則など全くお構いなし。ぎゅうぎゅうに人を詰め込んだ何十台もの様々な色のバスや、おんぼろタクシーが行きかう道の真ん中ではトラックが故障し、立ち往生。これでは、どうすることもできないだろうが、それでも、それぞれが他の車に道を譲れと言わんばかりにクラクションを鳴らし続けている。そんな騒ぎをよそに“バナバナ”(街頭行商人)は、悠々と果物や缶詰、扇風機、靴下、携帯電話とありとあらゆるものを売って歩く。歩道でも、歩行者が通るスペースもないほど、屋台や屋外“レストラン”、コーヒーを飲ませる店などが所狭しと立ち並んでいる。少なくともここでは、車が動かなくなっても退屈しのぎには事欠かないだろう。埃、そして排気管から立ち上る黒い煙の中、様々な形に仕立てられた、鮮やかな色合いのブーブー(アフリカ諸国の布を巻きつけたような長い服)を身にまとった女性たちは、背中に赤ちゃんをおぶい、あるいは頭に大きな荷物を乗せ通り過ぎていく。堂々としたものだ。往来こそ彼らの生活の場である。この街の名物“ビティクス”(現地の言葉でブティックの意味)には、なんでも置いてある。まるでアラビアンナイトに出てくる宝のほら穴を3平米に凝縮したみたいだ。品揃えは、サンドイッチからみやげ物の笑う牛、ハンカチ、ジャム、ばら売りの紙まで。しかも、24時間オープンしているので、困ったときにいつでも頼りにできるし愛想もすこぶるいい。

ダカールの町を歩き回るのはマエルにとってすごく疲れることだ。特にものすごい暑さに参ってしまうからだが、ここを歩いていて退屈することはないようだ。いつも何か彼女にとって目新しいものに出会うからだ。歩道に持ち出したはたで織物をしている人、公園で草を食む羊。サンダガマーケットでは何でも揃うが、持ち物にはいつも常に注意が必要である。バスケットを編んで売っている人、露天の仕立て屋、それから地元で作られている歯ブラシを売り歩く人もいた。これが、私たちが普段見慣れている歯ブラシとは全く違う。一見、ただの木の端切れに見えるが、歯ブラシ売りのムーッサの説明によると、まず、その棒の片端を繊維が出てくるまでかみ続け、あとは一日中その“歯ブラシ”で歯をこするのだそうだ。ここではほとんどの人がそうやっている。それから、道でアイロンをかけている人もいる。しかも、炭火にかざして温めて使うタイプのものだ。

ASSADとマエル

私たちはサフィという女性と知り合いになった。サフィは、ドックのすぐ隣の通りでアクセサリーを売っている。セネガルの女性が頭にしているスカーフの巻き方を、知っているだけ全部教えてくれることになった。お礼にマエルはミサンガの編み方を教えるつもりでいる。サフィはミサンガをすごくかっこいいと言っていたから。今晩は、マエルがひどく疲れていなければ、お友達から“チキンヤッサ”(レモンの絞り汁に漬けてから焼く鶏肉料理)の作り方を教えてもらうことになっている。

出発してからずっと、ACCU-CHEK COMPASSというデータ管理ソフトを使ってマエルの血糖状態を管理してきた。簡単に使えるし、血糖値が目標範囲内であるかどうか一目でわかるからだ。ここ1年、マエルのHbA1cは、6.5%から6.7%の間に納まっていた。長い旅行に出ると、専門医に診察の予約をするのが難しくなってしまう。数週間か時には数ヶ月待たされることさえある。が、ここでは何の問題もなく、2,3日で眼科医と内分泌科の糖尿病専門医の予約が取れた。ダカールには結構な数の糖尿病の専門医がいるのだ。定期健診をここの診療所にお願いをするのに抵抗はない。ラボ検査の一部はフランスで行い、1週間以内に結果が送られてくる。

糖尿病の検診に行くと、ASSAD (Association senegalaise de soutien aux diabetiques) という団体の住所と電話番号を教えてくれた。セネガルの糖尿病患者を支援する団体で、アバッスンダオ病院にオフィスがあり、創立は1967年。会員は約28,000名であるが、その80%が読み書きもできない貧しい人々で、事態をますます難しくしている。ASSADはほとんどが個人の寄付でまかなわれており、検査や糖尿病、その治療についての教育、治療(特に足の治療)を行っている。その場ですぐに結果がわかる血糖測定は1.52ユーロ。厚生省の援助を受け、協同組合を通して支給される糖尿病の治療薬は、より求めやすい価格で患者に売っている。1型患者に小分けに瓶詰めされたインスリンも売っている。ほとんどの患者が冷蔵庫を持っていないので、インスリンの保存ができないのだ。ASSADの売値は2.13ユーロ。患者たちの収入を考えるとかなりの高額である。ここでは1日2食が一般的だが、その2食でさえ口に出来ないことがあるのが実情だという。“食事を摂ることができるだろうか?”“インスリンを打つことが出来るだろうか?”こういった質問に患者はしょっちゅう直面しているのだ。毎日ASSADには、インスリンや血液や尿テストに使う試験紙などを買うお金がない患者から支援要求が殺到している。こういった医療品は大変高価で、治療をするだけの金銭的余裕がある患者はほとんどいない。試験紙一箱25枚入が15ユーロである。(平均月収は75ユーロ)フランスとは違いここセネガルでは、糖尿病は100%医療保険でカバーされる疾病ではないのだ。

ASSADの医師

ASSADで糖尿病患者の担当をしている医師に会うことができ、子供の患者の中には栄養失調の者もいることや、マラリアが糖尿病の治療における大きな問題であることなど、セネガルの糖尿病事情について話を聞いた。他の多くの国同様、この国でも糖尿病が激増しているそうだ。この国の現状、更に患者がなかなか治療できない状況にあることを考えると、多くの患者がすぐに網膜炎や腎臓障害、血管の病変などの合併症を発症してしまう恐れがある。

ロシュ・ダイアグノスティックス社から糖尿病患者の支援団体に寄付するよう預かってきていた医療品を渡すと、大変な喜びようだった。セントルイス(セネガル北部)のASSAD事務所に寄付したのは、ACCU-CHEKシリーズの血糖測定器、血糖測定用の試験紙、尿試験紙、穿刺針である。世界糖尿病デーに無料で検査を実施したいという思いがあったが、物品が不足し、叶えられないでいるそうだ。実際、ASSADは他にも様々な活動に取り組んでいた。治療室のオープン、糖尿病を社会病と認めてもらうためのキャンペーン、それから、患者を取り巻く環境(医療、家庭生活、社会面)の向上を目指す運動。また、糖尿病全般に関する認識や、どのような治療を受けることが出来るのかについての情報を広めていきたいとも思っているという。ほんの少数、熱心に活動に参加する会員や寄付をしてくれる人はいるものの、限られた予算でこれだけのことをやろうとしているのだ。他にも、フランスとセネガルの糖尿病を持つ若者たちの交流の場を設けたい、と話していた。

マエルは時々、毎日の糖尿病の治療に嫌気がさして文句を言うことがあったが、ASSADで話を聞いて、この病気と闘うのに平等などあり得ないのだということがよくわかったようだった。与えられた武器はあまりにも違いすぎる。ヨーロッパに住む私たちは恵まれている。きちんとした治療を受け、きちんとした食生活を維持するだけのお金があるからだ。世界中の糖尿病患者はもっと団結するべきなのかも知れない。

参考情報(マエルの母より):

ダカールでは、全てのタイプのインスリンが入手可能なわけではありません。(例えば速効性のインスリンアナログなどは入手不可能です)入手できるのは100UI/mlの濃度のものでした。複数回使用できるタイプのインジェクションペンは種類が少なく、使い捨てのペンに関しても、いくつかのインスリン用のものに限られます。また、全てのブランドが揃っているわけではありません。ダカール以外の場所では、医療品は手に入りません。ダカールにはいくつか診療所がありますが、どれも設備が整っており、管理状態、医療スタッフについても全て問題はありませんでした。

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