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マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第14回 カサマンス(2007年2月)
掲載月:2007年10月

マエル

Sine-Saloum川河口から、船を進めること70カイリ。ちょうど夜が明けるころ、私たちはここカサマンス(Casamance) 川の入口に着いた。が、私たちの前には砂州に打ちつける高波が壁のように立ちはだかっているばかり。この砂州の向こう側に入る入港水路があるはずなのだが、目印のブイは一体どこだろう?船の位置を再確認してみる。しかし、やはり間違いない。水路の入り口はここなのだ。

第一クロスツリー(船の上端にある支柱のひとつ)に腰掛け、目を凝らしていたクリスティアンが、やっとブイを見つけた。波にもまれて横倒しになっており、気づかなかったのだ。水路の状態を考えると、今しばらく潮の流れが変わるのを待つのが得策だろう。その間、夜半から少しずつ大きくなっている北西からのうねりがひどくならないと良いが。荒波の中、同じところを何度も回りながら待つ。

マエルは、かなり疲れた様子である。ひどい揺れだった。荒海を航海する船の中など快適なはずもない。午前11時ごろ、川の流れが立てる荒波がいくぶん落ち着き、ほとんど沈んだままだった水路の入り口を示すブイも波間に姿を見せるようになった。帆はそのままに、エンジンの回転速度を上げる。マエルは事の成り行きを心配そうに見つめていた。水路の両側は浅瀬になっており、荒々しい波が打ち寄せている。この波につかまらないよう、その一歩先を進まなければならない。舵取りが難しい。ものすごい波しぶきで、前がなかなか見えない状態なのだ。水路から外れてしまってはいけない。どちらかに偏りすぎてしまえば、即難破してしまうだろう。緊張の中、私たちはこの難事業をどうにかやり遂げた。もっとも危険な箇所は過ぎたのだ。そこから先は誘導のブイがないため、音響測位システムを使って進むことにした。河口から最も近い村Djogueを目指し、ゆっくりと川を上る。この漁村に碇を下ろし、やっと休憩。全くの徹夜、しかも、かなりの量のアドレナリンを分泌した後である。当然の報いだろう。

Djogueは、静かな小村。ジョーラ族が住む。15年ほど前から漁業が盛んになったそうだ。広々とした岸辺は、丸太船の“駐車場”になっていた。船はどれも大型、彩りも鮮やかである。今から漁に出て行く船や、ちょうど帰って来る船もあった。収穫は荷下ろしされたそばからすぐに売れて行く。女たちが、岸辺で待ち構えていたのだ。買った魚はさばき、塩をして、植物の葉を編んで作った大きなざるの上で乾かし、干物にする。そばでは丸々と太ったハゲタカの群れが、おこぼれにあずかれないかと目を光らせている。あふれんばかりの色彩、強烈な匂いに満ちた村のワンシーンだ。川を少し上ったところにある丸太船の“造船所”では、様々な段階の作りかけの舟を見ることが出来た。ここに電気は通っていない。全てが手作業で行われている。

カサマンス セネガルの風景

朝から強い風が吹き始めたため、出発しなければならなくなった。今では波の高さは許容限度を越え、全てが不快極まりない状態。キッチンのテーブルで勉強していたマエルの顔から血の気が引いてきた。船酔いだ。そう遠くはない支流のひとつに避難することにする。すぐそばには遠くダカールまで名が知れわたっているという呪術医がいるという小さな村があった。このあたりにはまだ精霊信仰が根強く残っているのだ。

支流の入り口では、岸辺に川の神様が祀られていた。神様、どうぞこの狭い水路を無事に通りぬけて、村に入れますように!岸辺から一人の漁師がもっと右に寄れ、と手ぶりで教えてくれた。ありがとう!それから更に2カイリほど進んで、村に到着。碇を下ろした。ひなびた、素朴な風景が広がっている。丸木舟で帰宅中の漁師たち。舟はカポックという軽量の木の幹をくりぬいたものだ。水を詰めたカンを抱えて、小屋やテントといったそれぞれの簡素な住まいに帰っていく者もある。一人の女性がちょうど家路についたところだった。川に洗濯に来ていたのだ。頭の上にはたらい、背中には赤ん坊をしょっている。水道もなく、電気もまだ通っていないのだそうだ。雨季が明けて1ヶ月あまり。ところどころに緑の残っているところもあったが、水田はもう黄色くなっていた。まだ蚊も多い。

虫刺されには万全の予防策を取った。全ての日除け、舵窓にも、そして夜はベッドにも蚊帳を張った。一日のうち、虫の多い時間(だいたい夜明けと日没の頃であろうか)に外に出るときは、長ズボンに長袖のシャツかワンピースを着、衣服に覆われないところには虫除けを塗る。マエルは虫にはかなり気をつけていた。糖尿病とマラリアが好ましい組み合わせでないことを十分に承知しているのである。この旅行の一瞬一瞬を100%楽しみたいとも思っているようで、病気になったりして無駄にしたくないのだ。(ここではいまだに多くの幼い子供たちがマラリアの犠牲になっている。)彼女は自分の健康に責任を持っていた。くつは足の肌が露出しないものを選んで履き、池や川に入らなかった。住血昆虫吸虫症に感染することがあるからである。

カサマンス川沿いの村Nioumouneに夜の帳が下りた。デッキに陣取り、ハイビスカスティを楽しむ。気持ちのよい夕べである。土手で猿が木の実をめぐって争っているのが聞こえ、バラクーダに追いかけられた魚が私たちの目の前で飛び跳ねた。1匹でいいからディンギーに落ちてくれたらいいのに。村にはひとつの灯りも見えない。ここ何週間もランプ用の油が不足している。キャンドルも高価だし、料理のための炭火のあかりだけで夜を過ごすことにしている。どこからともなくディオラ語の祈りの歌が聞こえる。ドラムの伴奏が続く。ここにはテレビはない。夜は人々が集って過ごす時間である。

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