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マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第16回 ジガンショール(2007年5月)
掲載月:2007年12月

ジガンショール1

(マエルより)

ジガンショールは、カサマンス地方にあるにぎやかな町。町に少し滞在してから、私たちはこの村に戻ってきた。最近、この村を中心に出かけたりしている。だから、この日誌もその村で書いているところ。

私たちが船を停めている場所からは、この村の4つの集落のひとつを見渡すことができる。たくさんのバンコ(砂と粘土を混ぜ合わせたもの)で出来た小屋が立ち並んでいる。他の集落は、マンゴーやパルミラヤシ、カボックなどの木々に隠れて見えない。これらの木々は、大きく伸ばした枝で、一日の一番暑い時間に、涼しい木陰を作ってくれる。ちょうど4つの集落が交わるところに、白いしっくい塗りの教会が田んぼの中に建っている。石造りのしっかりした建物なんて、この教会の他には診療所と産院くらい。村のあちこちには、古代ローマが起源と言われているインプルウィアムっていう大きな丸い溜め池がある。上にタイル張りの屋根があって、雨水を受ける仕組みになっているの。ここで毎日、朝の涼しい時間に繰り広げられる風景はちょっとした見もの。村の女の人たちが水汲みにやってくるから。女の人たちは頭に20リットルの缶、背中には長い布で上手にくるんだ赤ん坊をしっかりとくくりつけ、バランスを取りながら土手沿いを歩いて来る。水汲みは、うんざりするほどつまらなくて大変な仕事だけど、ここではこれを毎日やらないことには生活できない。私と同じ年頃の女の子たちは、一度に10リットルを運ぶことになっているみたいだった。みんなで助け合って、水の入ったバケツを持ち上げて頭に乗せる。私も時々手伝いをしに行ったけど、水はとても重くて運んでいる間にどうしてもこぼしてしまう。そんなふうに私が一生懸命チャレンジするのを見るたび、彼女たちはクスクスと笑い出し、よほどおかしいのか、しばらくは笑いが止まらなかった。

私たちがフランスに帰る前は、村の人たちはお日様が顔を出してから沈むまで村の周りに広がる田んぼの稲刈りをして、それを村に運ぶのに一生懸命働だった。ここの稲刈りは手作業だから。稲を茎ごと一本一本抜き取って、丁寧に束ねていく。今年は雨季にたくさん雨が降ったから大豊作。一日中、ディオラ語の労働の歌が田んぼに響いていた。

ほとんどの村では、収穫の後に大きなお祭りがあった。それが終わるとシーズンオフ。女の人たちは家計の足しにと薪を集めたり、牡蠣を干して売りに行く。男の人たちはと言うと、来年また田植えが出来るよう田んぼの準備。あとはヤシ酒を作ったり。作りかけの小屋も雨季が始まる前に完成させなければならない。

私は毎朝きちんと通信教育の勉強を続けてる。ふと思い出した。しばらく前に、船を下りて村に遊びに出かけたときのこと。血糖値が下がっているのを感じて自己測定していたら、女の子の友達が何人か集まってきて、”何をしているの?“と聞かれた。私は糖尿病があるとどんな毎日を過ごすことになるのか説明してあげた。するとマイモーナが、“私のお父さんも糖尿病だけど、マエルみたいに病気が悪くなっていないか調べる道具は持っていないよ。”と言った。お父さんの名前はオマール。村で商店を営んでいる。奥さんの名前はアイーソで家には5人の子供がいた。お父さんが糖尿病だとわかったのは4年前。それまでは船で漁に出たり、牡蠣を取ったりして一家の生活を支えていたんだけど、牡蠣の殻で怪我をしてしょっちゅう化膿するので、お医者さんから仕事を変えるよう言われた。それでお店を始めることになったんだけど、開店資金がなかった。そうしたら、パトリックという村の近くに船を停めてそこで生活している男の人が、担保なしでお金を貸してくれたらしい。

ジガンショール2

今ではママはオマールと彼の家族とかなり親しくなった。ママはAJD( 若年性糖尿病患者を支援する団体 )のパンフレットを見せながら, かなりの時間をかけて、オマールに糖尿病について色んなことを教えた。例えば、冷蔵庫のないところで、どうやってインスリンを保冷できるか。どうやって、どこに注射するか。(どういう訳か、オマールは腕とももにしか注射していなかった。)決まった時間に食事するのがなぜ大切なのか。砂糖を少しと、ちょっと口に出来るものをいつも持っていることが絶対に必要なのだとか。他にもまだまだある。

オマールは血糖測定器を持っていなかった。尿検査は日に3回やっていたが、節約のため、試験紙を4つに裂いて使っていた。即効性のインスリン注射は1日3 回だが、中間、持続型インスリンの注射はしていない。すごく痩せていたし、本人も気分がすぐれないと言う。ママの提案で、オマールにしばらく継続して血糖検査をすることになった。結果は空腹時の一番いい値で380mg/dl。しかも血糖測定器で”HIGH“と表示が出る600mg/dlを超えたときが何度もあった。この結果を見て、ママはオマールに医者に見てもらってインスリンの量を調節するべきだとアドバイスした。するとオマールは、インスリンを買うお金がないとき、勝手に注入量と食事を減らしていると言った。同じ理由で、注射器も1週間使い続けていた。いつも疲れていたし、腹痛もしょっちゅうだともらすオマールにママは”血糖値のばらつきが激しいからよ“と説明した。

パパがオマールのお店に行ったとき、オマールが心配そうな表情を浮かべているのに気付いた。手元にインスリンがもうほとんどなくて、ジガンショールの町に出かけて新しいものを買うこともしばらくは無理だと話だった。私たちはビザの切り替えのためにジガンショールに行かなければならなかったし、オマールにインスリンを持ち帰るためなら何でもするつもりで、かかりつけのお医者さんの電話番号を聞いた。

ジガンショール3

ジガンショールの町中に薬局はたくさんあったけど、インスリンを置いているところは見つからなかった。結局お医者さんに電話をして状況を説明。やっと1本探し出してもらった。町に残っている最後の数本のうちの1本だ。オマールはもう3日間インスリンを打っていなかったので、少しでも早く届けてあげたくて、その日のうちに船で村に帰る友達に持って言ってくれるよう頼んだ。

ロシュから新しい血糖自己測定器をもらっていたので、私が使っていた古い方をオマールにあげることにした。家族が買ってくれた試験紙もつけてあげた。オマールはものすごく喜んでくれて、どうやって感謝していいかわからないという顔をしていた。翌日、マイモーナが牡蠣を届けにやってきた。家族全員で私たちのために採りに行ってくれたらしい。

その後、オマールがお医者さんのところに行くと、インスリンの量を増やされたらしい。私たちが教えたとおりに血糖測定を続けていて、結果に満足していた。きちんと治療すれば、それが血糖コントロールの改善につながるのが自分で確認できるのだから。体重も増えて気分も良くなった。田んぼでのきつい仕事がもうすぐ始まることを考えると、悪いことではない。まるで生まれ変わったみたいだ、って言うから、私たちもとっても嬉しい。

私は全て順調。ちょうど通信教育で全科目のテストをやっている最中。あと何日かのうちに終らせてフランスに送って、添削してもらわなくちゃならない。あとはだいたい友達と川で遊んでいた。ものすごく暑い時期だからね。でもそのせいで、食事の量やインスリンを調節していたのに、夜間に何回か低血糖を起こしてしまった。

風が強くなって水が冷たくなったときには、川遊びの代わりに友達のマリオンとディンギーでセイリングに出かけた。ディンギーの横を村の友達が丸木舟でついてくる。時々潮の影響を受けて波がかなり出ることもあった。そうなるとちょっと手こずったけど。風が止んでしまうと(これは結構しょうちゅうなんだけど)パパとママに船で来てもらって、ディンギーを引いてもらわなくちゃならなかった。だからと言って、あきらめるような私たちじゃないの。だって、水の上にいるのが本当に大好きだから。

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