医療関係者の方へ

マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第19回 カサマンスでの足跡(2007年9月)
掲載月:2008年3月

(マエルより)

寂しいことに、夏休みももうすぐおしまい。他の子供たちと同じように、私もまた学校に戻る。船で生活しているから、学校の勉強は通信教育で続けている。それでも、この新学期からいよいよ中学。パパとママは “大丈夫、ちゃんとやっていけるよ”と言ってくれているけど、私はちょっと不安を感じている。夏休み最後の数日間、特に思い当たることもないのに血糖値が上がっていたのは、この不安のせいかも知れない。

ジガンショールに行ったのは、6月半ば以来で久しぶりのことだった。雨季は竜巻のシーズンでもあり、何の予告もなく突然強い暴風に襲われてしまうことがある。だから、雨風をよけるものが何もないところに船を停泊しておくことは相当危険だった。出発の前、食料品や飲み水などたっぷりと買い込んだ。村に戻ってしまうと手に入れるのが難しくなるから。ママは糖尿病センターの仕事のため、何回か丸木舟でジガンショールまで行き来しなければならなくなった。結構な距離だ。この2ヶ月私たちが船を停めているのは、嵐が起こっても被害をうけなくてすみそうな支流。雨季が始まる前、この辺を探検しがてら、よさそうなところを見つけておいたのだ。海水が入ってくるとだいぶ涼しいので、なるべく河口に近いところにした。セネガルの雨季は、ものすごく暑くて、なにより息苦しいほど湿度が高いから。

カサマンス1

雨季の始めは、ものすごい強風に何度も襲われた。世界の終わりかと思うほどの嵐だった。ずっと注意していたのに、一度だけ錨がほどけて船が川岸近くまで流されてしまったことがあった。川底が泥だったから、船底を傷つけないですんだのは不幸中の幸いだった。どしゃ降りが続いたので、雨季の間ずっと船に閉じこもって過ごさなければならないのかとうんざりしていたけれど、雨はだんだんと少なくなって、とうとうめったに降らなくなった。空はどんより暗いままだったけど、実際に雨粒が落ちてくることは殆どなかった。

でも、私たちのように雨の少ない雨季を喜ぶ人ばかりではない。この時期、田んぼに水が溜まらないと、村の人たちは稲作りが出来なくなってしまう。あちこちで雨の神さまの恵みを乞う儀式が行われたけれど、効果はなかった。遂に人々のあせりが極限に達した頃、2ヶ月遅れでやっと本格的に雨が降り出した。8月末のことだ。私は、ビントゥ、オマールとピーナッツを植えようと約束をしていたのに、キャンセルになった。

夏の間、草むらまで何度かハイキングに出かけた。この時期は蛇が多いので、ブーツと杖は必需品。まむし、マンバ、ナジャなど、どれも恐ろしい毒を持っている。蛇はあまり耳がよくないそうなので、ブーツのかかとで地面をこつこつ叩きながら歩く。こうすると振動が伝わって、私たちが近づいてきていることが蛇にわかるから。念のため、少しだけ音も立てるようにしているけど、気にかける必要はないみたい。パパやママに言わせると、私のおしゃべりが止むことがないからだって。それから、セネガル人の友達パウロと一緒にマッシュルーム採りにも出かけた。フランスでもマッシュルームを採りに行ったことはあっけど、ここで見つけるような大きいものはまず見かけたことはなかった。ママは大歓迎。今の時期、野菜がなかなか手に入らないから。暑くて湿気の多い夏は、害虫が畑の野菜を食べ尽くしてしまい、収穫するものがなくなってしまうせいである。

カサマンス地方に停泊している船は全部で6隻。みんなお互いを良く知っている。二人の女の子がいる家族がいて、その7歳と10歳の姉妹とはすっかり仲良しだ。私たちがここ3週間船を停めている場所のすぐ目の前の村には、マリーというフランス人のおばあちゃんがひとりで暮らしていた。私たちにとても親切にしてくれて、小屋を建てたらどうかと、敷地の一角を貸してくれた。薦められるままにすぐに小さな小屋を建て、久しぶりに“陸のマイホーム”での生活を楽しんでいる。土地を貸してくれているマリーには心から感謝。そのマリーの家に、私たちと二人の女の子の家族が集まってはよく一緒に食事をした。みんなが色んなものを持ち寄るので、にぎやかな食卓になる。よく食べるのは、今が旬のバラクーダ。これを焼いて、大人数でわいわい食べるのはとても楽しい。私たち女の子は自分たちで弓矢を作り野豚狩にも出かけたけど、今のところ1頭も捕まえられない。残念!

カサマンス2

遊びやハイキングの合間に、ちょっとだけまじめなこともやった。たとえばママからインスリンの量の計算の仕方を教わった。これは簡単そうに思えるけど、やっぱり難しい。最終的には、まだパパやママに手伝ってもらって量を決めている。ものすごく沢山のことを考えて決めなければいけないから、私一人ではまだ無理。

1ヶ月前、保健局からママに連絡があった。“糖尿病発見キャンペーン”の許可が下りたのだ。これは、スペインの医療チームと共同で、村を回り、糖尿病の検査、教育を行おうというものだ。私も検査の手伝いが出来るし、村の人たちが糖尿病のことを教えてもらっている様子を、この目で見ることが出来るのがとても嬉しかった。村の診療所の前、なるべく木陰にセットしたテーブルが私たちの仕事場。診療所自体はとても小さいので、沢山の人を収容できないのだ。キャンペーンは順調にスタートした。まず、最初に行った血液検査で糖尿病を発見。本人は自分が糖尿病とは知らなかったのだが、この女性の血糖値は 228mg/dL. 結局、最初の村では全部で3人の糖尿病患者が見つかった。また、15人について血糖値が通常値の上限に達しており、今後の経過に注意だと教えてあげた。もっと深刻な検査結果が出た場合には、その場で簡単な診察を行った。

カサマンス3

本格的な診察は、ジガンショールにある糖尿病センターに行けば誰でも受けることが出来る。検査にはアキュチェック測定器と、使いきりタイプの針付き穿刺器具を組み合わせて使った。この穿刺器具は穿刺の深さが3段階に調節できるようになっている。全てロシュ・ダイアグノスティックスの製品だ。

言うまでもないけど、村の人たちは厳しい肉体労働に従事している。そのせいなのか、中には指の皮が分厚くなっていて、用意した穿刺器具では穿刺できなくて、検査に必要なたった一滴の血液を採るのに、筋肉注射用の針を使わなくてはいけない人もいた。こうした検査をしたほか、糖尿病についてや、どうやったら糖尿病を防ぐことが出来るかなど、沢山のことを村の人たちに教えた。栄養についてのアドバイスをするときは、ヤヤが通訳をしてくれた。普段は大工さんをやっている人だ。この“糖尿病発見キャンペーン”中、言葉の違いから生じてしまう誤解に、思わず笑ってしまうことがよくあった。それでも、キャンペーンには多くの人がやって来た。例外なく家族に糖尿病患者がいた。最高齢のおばあさんは、診療所の中庭をひ孫に支えられながら、ゆっくり歩いてやってきた。やっと私たちのテーブルまでたどり着くと、深いしわが刻まれた顔にやさしい微笑を浮かべて、年老いた手を差し伸べた。何十年もの畑仕事のせいで変形してしまった手だった。

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