医療関係者の方へ

マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第21回 2年が過ぎて(2007年11月)
掲載月:2008年7月

(マエルの母より)

始まりと同じくらい突然に、雨季が終った。ひと月が過ぎていた。 嵐の回数もだんだん減ってきたので、ちょっと“都会の空気”に触れるためジガンショールに行くことにした。食料や水、船の燃料のストックも底をつきかけていた。地元の市場では生活必需品の流通が不安定で、全く物が手に入らないときが時々あるので、蓄えがなくなってしまう前に補給しておいたほうがいい。

ジガンジョール

(マエルより)

それに、マエルが最近ぐっと大きくなり、着られる服がなくなってきていた。町に出てリサイクルショップを回ったけれど、目的の服を探すのにかなり時間がかかってしまった。セネガルとフランスでは洋服を現す言葉が違うのだ。例えば、“ショートパンツ”と言っても、お店の人には何のことかわかってもらえない。また、ここには仕立て屋がたくさんある。頼めば何でも作ってくれるし、びっくりするほど仕上がりが早く、値段も破格に安い。

ある日、ラマダン(断食月)の終わりを祝うパーティに招かれた。いつものようにママドゥとファトゥの家族が、腕を広げて歓迎してくれる。一番上の息子マタルは、わざわざ船まで迎えに来てくれた。お祝いの席には、一族が勢ぞろいし、女性たちは朝早くから料理にとりかかったようだ。家に入るとまず靴を脱ぐように言われ、中庭に通された。中庭の真ん中には敷物が広げられ、私たちも家族と一緒にそこに座った。

私とマエル以外は全員が男性。おしゃべりは大いに盛り上がった。ここではお馴染みの砂糖がたっぷりと入ったお茶が出されたが、マエルが糖尿病と知っているので、砂糖なしのお茶も別に用意してくれていた。 近所の人たちも思い思いにやって来ては帰っていく。食べ物を交換するのが慣わしなので、私たちも手作りケーキを持参した。こういうデザートはここでは珍しいので、とても喜ばれた。

ジガンジョールでの食事

 男性たちとゲストの食事は、まずご近所から持ち寄られた料理で始まり、家族が作ったものがそれに続く。男性とゲストが食べ終わると、今度は女性や子供たちの番。落ち着いた、なごやかな空気の中でパーティは進んだ。私たちはおしゃべりをしたり、近所の人や友人と会ったりして、楽しい午後の時間を過ごした。フランスを発ってから2年になる。長い時間が経っている割りには、あまり遠くまで行っていないな、と言われるかもしれない。でも私たちは、このようなゆっくりとしたライフスタイルが好きなのだ。

私たちの毎日は、穏やかで、たくさんの“面白いこと”に彩られている。ストレスも少ないし、通勤や通学に時間を取られることもない。通信教育の内容は、マエルが小さかったときよりかなり難しくなってきたけれど、リラックスしたり、新しいことに挑戦したり、身体を動かしたりする時間的な余裕は充分に残っている。これは、マエルにとってだけではなく、私たち夫婦にもとっても大切なことだ。楽しみながら出来ること、例えば料理をする時間もある。私たちは、地元で獲れたもので作るバランスの良い食事が大好きだ。マエルと一緒に、簡単で美味しい健康的な料理をよく作った。ヨーロッパの大規模農場で生産される、農薬使用の野菜を使った加工食品などとは比べ物にならない。新鮮な素材を使った健康的な食生活は、身体にとても良い、という実感がある。“ダイエット”という言葉にも無縁だ。ヨーロッパを離れてから、不健康な食べ物の誘惑にさらされることがないのだから。脂肪や砂糖がたっぷり入った加工食品など、ここではまずお目にかからない。

マエル

雨季が終わる頃、身体の疲れが溜まっていたが、健康面で大きな問題はなかった。陸にいるときより船上で暮らしている方が病気になりにくいというのは本当だ。マエルも、病気という病気には殆どかかっていない。1、2回の風邪、のどの痛み、モーリタニアで一度おなかをこわしたくらいだ。この程度なら、昔ながらの治療法で対処できる。それに、ここ地元に伝わる治療法もある。例えば森で探せるものを使って直す方法などだ。

パパイヤやグアバ、それにエヒュヌークと呼ばれる草とグアバの葉の煎じ汁も、普通の下痢には良く効く。私たちは、地元の人たちから色んなことを学んだ。この辺で手に入るものを使った治療法を、彼らは本当に良く知っていた。

最近の検査で、マエルの血糖コントロールが良好であることが確認できた。HbA1cは6.7%で、年間の平均値も正常。HbA1cは、旅行を始めたときの値よりもよくなっていた。たくさん運動をしているおかげだろうか?

船で生活していると、同じように船に住む人たちと知り合うことが多い。色んな人生、社会的背景、国籍、年齢の人たちと巡り合う。  船で生活する子供たちは、学校の勉強が終わると、スポーツや手芸などのレクリエーションを楽しむ。今、子供たちが夢中になっているのはアクセサリー作りだ。レオンとベレニースはマクラメ(糸や紐を結びながら作るレース)が得意で、喜んで他の子供たちに教えていた。基礎を教わると、子供たちは自分で考えたり、友達の真似をして作品を仕上げていく。  出来上がった作品には、地元の人との触れ合いの中で身についた知識やセンスが生かされていた。時々、子供たちが計画して、旅行者向けの露店を出して作品を売るので、ちょっとした小遣い稼ぎにもなっている。本やCD、DVDは、それぞれ持ち合って交換したり、新しくヨーロッパから来た子供たちからは、今何が流行っているかなどの情報を仕入れている。この年頃の子供たちがすることとしては、ごく普通だろう。もちろん、近くに住むセネガル人の友達もたくさんいる。地元の友達を作ることは、私たち親も努めて薦めていた。異文化に触れること、そこから学ぶことは全て、人生を豊かにしてくれるものだから。

マエル

マエルが糖尿病と診断されたとき、船で世界中を旅することについて、様々な質問を自らに問いかけた。糖尿病の子供を連れ、長期の旅行をすることは軽率で、かなり大変なことのように思えた。しかし、マエルの主治医が私たちを勇気付け、背中を押してくれたお陰で、予定通り出発できたのだった。今、後悔は全くない。起こり得る問題に対処できるよう準備しておくことは、自分の行動を制限することかもしれない。でも、糖尿病であることと、このような航海の旅を続けることは両立できないものではない。

セネガルで、マエルは本当にたくさんのことを学んだ。彼女は糖尿病を持つ多くの人と話をし、自分の状態を認識し興味を深めた。この人間的な成長は、彼女自身にとって大きな意味を持つ。血糖コントロールをしなければどうなるか、自分の目で確かめたのだから。マエルは私たちと長時間にわたって議論もした。自分の疾病に対する彼女の態度も目に見えて変わった。以前よりずっと注意深くなったし、私たちの言うことに耳を傾けるようになった。糖尿病の子を持つ親が、心配することなど何もないのだ。

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