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マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第25回 出発は延期(2008年3月)
掲載月:2009年1月

大西洋横断は中止

(マエルより)

大西洋横断の大航海に出発する準備がすっかり整った。天気予報では、48時間後には快晴。外海に出るときの妨げになる西北西からの波も、そう大きくはならないだろう。でも、過度の期待は禁物。天気なんて、いつどう変わるか分からない。出発の前日、私の体調はあまり良くなかった。腹痛や吐き気の他に、熱もないのに身体がすごくだるかった。パパとママは私を質問攻めにしたけど、原因ははっきりとは分からなかった。

食欲はなく、夕食もあまり食べられなかった。11時頃に食べた物を吐いたら、少しだけ気分がよくなった。血糖値が低めだったので、ママは少しだけ水に浸したお砂糖をくれた。正直、何かを口にする気分ではなかったけど。結局、嘔吐は一晩中続いた。一定の間隔でお砂糖を食べ続けたけれど、血糖値は低いまま。たくさん吐いてしまったし、暑かったので、お水をどんどん飲むように言われた。トイレに行くたびパパとママは尿に糖やアセトンが出ていないか検査した。私は疲れきって、そっとしておいてほしかった。

早朝に血糖値を測ったら106mg/dLだった。尿糖は出てなかったけれど、アセトンが出始めていた。微熱があって朝食を食べる気は全く起こらなかった。ママは、朝の超速効性インスリン注射は通常量にしない方がいいと判断した。おなかの具合は回復するどころか、下痢が始まった。ママがマラリアの検査をしてくれたけど、結果は陰性。ついに、私の病状を知っているお医者さまに連絡をすることになった。連絡をするといっても、その日は金曜日。遅くなると月曜日まで先生に診てもらえないし、週末には病院の検査もお休みになる。ジガンショールまでは船で丸1日。すぐに出発しても、着くころにはもう病院は閉まってしまう。

ママは、私が腸の感染症を起こしているのではないか、と先生に話している。腸の感染症といっても、アフリカではありとあらゆる種類のものが考えられるから特定が難しい。先生は、週末に私の症状が悪化した場合、ダカールの病院に輸送してもらえる手配をしてくれると言った。そして、駆虫剤と抗生物質を飲むよう指示された。幸運なことに、私たちの“船内薬局″には様々な薬が保管されていた。村には、ドラッグストアどころか日常薬を買える小さな薬屋もない。吐き気と下痢を抑えるために、とにかく何か試してみようということになり、ママが民間療法で下痢にすごく効果があるとされている、ケンケレバ(榊に似た灌木)とグアバのハーブティにお砂糖を加えたものと、コカコーラを準備してくれた。ココナッツの果汁も、血糖値を通常に戻すのにいいと言われている(100mlで 5gの糖分を含んでいる)が、緩下作用もあるので、今回の症状には適していない。

翌日の朝、嘔吐はおさまったけど、トイレには何度も行った。午前10時、血糖値は140mg/dL、尿中のアセトンも消えた。パパとママはほっとしたようだ。12時、軽めのお昼ご飯を食べた。そのあとは吐かなかった。昼食後に速効性インスリンをいつもより3単位減らして注射した。食前の血糖値が180に上がっていたからだ。午後、トイレに行く以外はうつらうつらして過ごした。夕方まで血糖値も150mg/dLあたりで安定。パパは村の畑に行って、下痢に効果があるというパパイヤを取ってきてくれた。夕方、また少し食べることができた。食べた量に合わせてインスリンの量を減らす。午後10時、また3単位減らして持続性のランタスを注射。夜間の測定では、何回か血糖値が低くなっていたが、尿中にアセトンは出ていなかった。

翌朝、果物と牛乳はパスして、ほんの少しのパンだけで朝食。インスリン量は通常の2/3にしたけれど、午前中ずっと血糖値は低いまま。10時ごろ、ひどい腹痛がして下痢。粘液も血液も混じっていない。そのあと、下痢はひどくなっていったが、熱は出なかった。ママが先生に電話すると、また別の抗生物質を処方してくれて、糖尿病の方はどうか聞かれた。1日中、口にするのはパンとコークだけ。他にはなにも食べたくなかった。正午、通常量から6単位減らしてインスリンを注射。そのあと、夕方のランタスも5単位減らした。ママが、摂取した炭水化物の量からインスリンの量を計算してくれていた。(普段は私が計算している。いつも頭痛の種。)

3日目。血糖値は150mg/dL前後で安定していた。トイレに行く回数も減り、腹痛もだいぶよくなって、食べられる量も少しだけ増えた。この日もママがインスリン量の計算をしてくれた。すごく疲れていた。でも、パパとママもかなり参っているようだった。症状は徐々によくなり、少しずつ食事も口にできるようになってきた。果物は大好きだけど、しばらくの間はパパイヤだけで我慢しなければならなかった。

天候に恵まれた絶好の出航のチャンスは、こうして流れてしまった。パパとママは、私の具合が悪くて、糖尿病管理もうまくいっていない時に出発なんて論外だと言ってくれた。みんなすっかりくたびれ果てて、休養が必要だった。

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