医療関係者の方へ

マエルの航海日誌(Le voyage de Maelle)

第26回 太西洋横断(2008年5月)
掲載月:2009年7月

大西洋横断

(マエルより)

前回のお話しの通り、予定していた出航は私の体調のせいで延期された。あれから2週間。今度は予定通りに出発できそう。私の具合は良くなっているし、糖尿病の状態も落ち着いている。天気予報は、しばらくの間は軽い風が吹いて波は穏やか、と言っている。村のみんなに最後のお別れを告げて、いよいよ出発。夜明けとともに錨を引き上げ、高潮を利用して水路を下り、引き潮に乗って一気に海に出た。今回はすべてがスムースだった。水路の流れは穏やかで、目印のブイも見えた。

これから2,000海里(3,600km)、大海原をどこにも寄港せずに航海することになる。陸上での“普通の生活”にも、しばらくの間戻れない。風は殆どなく、船はゆっくりと進んでいるのに、霧の中でアフリカの海岸はどんどん小さくなっていき、あっという間に見えなくなった。愛するアフリカ。たくさんの素晴らしい経験をし、たくさんの素敵な人々と出会った。ここで過ごした日々を、私たちは決して忘れることはないだろう。

気まぐれな風

海の生活に慣れるまで数日かかった。船は揺れるし、陸とは全く違ったスケジュールで動かなくてはならない。誰かが見張りをしなければならないから、家族3人がそれぞれ少しずつ違った生活をすることになる。 風は全くないか、ものすごく気まぐれに吹くという状態が続いている。一方、波のうねりは一定して大きい。今日一日で、パパとママは少なくとも20回、刻々と変わる風の状態に合わせて、錨を上げたり下ろしたりしていた。例えば、進行方向に向かって軽い風が吹き始めたので、パパとママがジェノア(帆の1種)を上げようとする。ところが、張ろうとする間に風向きが変わってしまうので、ジェノアを下ろし、ジブとフォアステースルを上げようとする。すると風が止んでしまい、次にどの方向から吹いてくるか見当もつかず、実際に吹いてくるまで待つしかなくなってしまう・・・。この気まぐれな風のおかげで、パパとママは気が変になってしまうのではないかと、心配なくらいだった。確実なのは、こんな風にセイルを上げたり下ろしたりしていると、ブラジルに着くころには、パパもママもばっちり筋肉がつくだろうということだ。ともかく、荒れた海と戦い続ける船上生活はあまり気持ちのよいものではない。セイルが上がっているときには船は安定するが、下げている時はかなり揺れた。

行きかう船

ある風のない朝、フランスの調査船Atlanteとすれ違ったので、無線で連絡を取りこの先の天気の情報を聞いてみる。2、3日間、距離でいうと800海里くらい、全く風のない状態が続くという。これにはかなりうろたえてしまった。前日も風がなかったため、一日に70海里しか進めなかったからだ。それを考えると、ブラジルまでかなりの日数がかかりそうだ。 ある夜は、貨物船が私たちに向かって真っすぐ進んできた。そのままでは衝突してしまう。パパが無線で呼び出してみると、船長は私たちに全く気付いていなかった。インド音楽が背後で聞こえたそうだ。レーダーをちゃんとつけているのだろうか。ちょっと疑わしい。

見張り番

海ではどんな天候に出くわすか全く予想できない。だから、休めるときにはできるだけたっぷりと休養を取っておくことが大切。今回のような2週間以上にも及ぶ航海は特に。でも、そう都合よく身体は言うことを聞かない。パパやママは見張り交替のために起きるとき、目が真っ赤だったり、ぼーっとしていたりすることがある。私は何のストレスもなく毎日12時間きちんと眠れている。でも、夜目が覚めたときには、パパとママのどちらが見張りをしているか、デッキに行ってみる。しばらくおしゃべりして、夜の間にどのくらい進んだか調べてみるのもとても面白かった。

マエルと釣り

釣り

一日のうちで一番魚が釣れやすいのは夜明けだ。人間と同じように、魚もまだ眠いのかもしれない。大きなマグロが釣れるといいな、と思っていた。新鮮なまぐろをさばいて3枚におろしたら、おさしみとかホイル焼き、カレー風味にしてもおいしそう。3人とも、ずっと口にしていないものを食べたくて、夢にまで見るほどになっていた。ママはカマンベールチーズにグリーンサラダ。パパはステーキ。私は、ブルーチーズと一緒にチコリサラダが食べたくて仕方ない。でも、一番近いスーパーは2,000キロ先・・・。その数日後、やっとカジキマグロを釣り上げることができた。すぐに食べたが、せっかくのごちそうだから、全部は食べないでママが缶詰にした。

勉強

大西洋を横断する間、それほど強い風はなかったので船酔いすることもなかった。波のうねりがあまり大きくない日は、机に向かい、予定から遅れないように勉強した。音楽を聴いたり、ずいぶん本も読んだ。ポルトガルにいたときに覚えたポルトガル語の復習も毎日やった。ブラジルで話されるポルトガル語は、ポルトガルで使われているのと少し違うらしいけど、ブラジルに着いたらすぐに慣れることができると思う。

赤道無風帯(ドルドラム)

一般的に知られている赤道とは別に、気象学上の赤道がある。航海する人たちに重要なのは、こちらの赤道。この赤道は季節の変化とともに移動し、幅も変わる。この中に入ると、すごい雷雨やスコールに遭ったり、かと思うと無風状態になったりと、天候がめまぐるしく変化する。だから、どんな船も、なるべく早くここを通過しようとする。私たちは3日かけて通過したのだが、やはり大変な目にあった。夜、激しいスコールに見舞われ、50ノットもの風が2時間吹きすさんだ。海の表面は白く泡立ち、深い谷を思わせるほど、波も高かった。うなるような音をさせて、シュラウド(マストの先端から両側の舵に向けて張ったロープ)を風が吹き抜ける。私たちは、小さなステースル1枚だけを張り、9ノットで進んでいた。かじ取りは、パパとママが10分交替で行った。かじ取りをしていない間は、ボートにつなげたハーネス(安全装置)をつけて、外で見張りをする。どんな感じがするかと言うと、高速道路を、ヘッドライトもブレーキもワイパーもなしで、時速200キロで車を運転していると想像してほしい。レーダーの性能にも限度があることを考えると、他のボートに衝突するような危険なコースを取っていないことを祈るしかない。2時間後、風は突然ぴたりとやんだが、波のうねりはおさまらない。パパとママは安全ロープをつけて、セールを換えに行った。操舵室から見ていたのだが、かなり大変そうだった。船は波にもまれ大きく揺れているし、セールは雨でびしょ濡れで重くなっている。とその時、一隻の漁船がこちらに向かっているのに気づいた。パパがすぐにエンジンをかけ、ママは無線電話をつけた。こちらに向かっていた漁船が連絡してきたのだが、レーダーで私たちの船のスピードが急に落ちたので、何かあったのかと心配してくれていたのだ。セールを換えるのに船を止めていたのだけだと説明し、わざわざやってきてくれたことにお礼を言った。

陸が見えた!

赤道無風帯通過から10日、やっとブラジルが見えてきた。嵐の中、真横からのうねりに進路を阻まれたり、海が大荒れに荒れたりと、なかなかたいへんな旅だった。陸が近付くにつれ船の数も増えていったので、パパとママのストレスはかなりのレベルに達していた。まもなく白い砂丘が見え始め、しばらくすると、ずっと遠くにではあるが、サルヴァドール・デ・バイアの建物の輪郭が浮かび上がってきた。旅の疲れを取るのに、何日か滞在しようと思っている町だ。

「アフリカ編」は終了です。

次回から南米・ブラジル編になります。

[ピックアップコンテンツ]